2014年4月25日金曜日

愛情というコップ

今日は「愛情」のお話です。

ボクのところにセッションを申し込んでいただいてるクライアントさんは、ほとんどが、セクシュアルマイノリティの方か、メンタルの病気の方か、なにかの障がいを持たれている方か、過去に大きなトラウマを持っている方か、人間関係がうまくいっていない方のいずれかです。
誰にも言えなくて、これからも言わずに墓場まで持っていこうと思っていることを、なんか豆腐さんなら言えそうな気がするとか、豆腐さんにだけ言いたくなったという方もいらっしゃいます。
また、女性のクライアントさんの場合は、ボクが同性愛者ということで、男性独特の本能的なものを感じず、女性の気持ちも汲みやすいという方もいらっしゃいます。

そうして、セッションさせてもらっていると、大体の方がご両親との関係から出来上がってしまった思い込みによって苦しくなっちゃっている方ばかりのように思います。
というか、問題となっている出来事はまったく違うけれど、最終的にご両親への感情にたどり着きます。
その感情に無意識に蓋をしてしまっている方が多いと思います。

最終的には、そういう感情を持ってしまった自分の環境を受け入れ、自分の本当の感情に気づき、自分を赦し、親を赦すことによって、自分を取り戻していってすべて癒されることがほとんどだったりします。

ボクの場合は、長男として苗字を引き継ぎ木股家の墓を守るという形が親の望みでした。
それは、両親と子どもがいる家庭が幸せに決まっているという親の観念からくるものだと思いますが、残念ながらボクは同性愛者だったので、その形では幸せになれませんでした。

親に対する怒りや、親から受けた虐待などによって、多くの人が同じようなことになってしまいます。

親の望む子どもへの期待が、子どもの幸せの価値観と合致していれば、その期待はおおきな後押しになるでしょう。
小さなころから、親の英才教育を受け、それが子どものやりたいことと合致していると、素晴らしいプロフェッショナルとして才能を開花することになります。
でも、親から無理矢理にさせられていた習いごとは、大して実を結びませんよね。

それを経験してしまった子どもは、親の歳になってようやく親の立場を理解できて、自分も子どもに無理な期待をかけてしまっていることに気づいたりします。
自分が、そういう思いを子どものころにしていたのに、自分の子どもには自分の価値観を押し付けてしまいます。
自分の親と同じことを、自分もしてしまったりします。

ボクは、ボクの望む幸せに見合った「愛情」をくれなかった親に対して、居心地の悪さを感じました。
家はボクのいていい場所ではないと、ほかに居場所を求めました。
親の期待に添えない自分を責め、ときにはそんな親に対して憎しみや怒りを憶えたりしていました。

でも、ほとんどの親は、子どもを愛しています。
子どもに「愛情」を注がない親などほとんどいないのです。

自分の求める「愛情」と違う形の「愛情」をくれていたはずです。
自分の求める「愛情」と形が違うと「愛情」をくれていなかったことにしてしまうんですよね。

心の中の「愛情」という名のコップの中身はからっぽだと思い込んでしまっています。
でも、本当は、自分の心の中にある別の「愛情」のコップが見えていないだけなんですよね。
いつも「愛情」で満たされていたいコップの横に別のコップがあって、そのコップは「愛情」が溢れかえっているのに、見えていないから気づかないだけなんです。
愛情」を満たしたいコップしか見ていないのです。

愛情」をもらえなかったと思っている人は、残念ながら小さいころからの共有感があまりなく、自己肯定感の低いひとになっていきます。
自己肯定感の低い、自尊心の育っていない子どもは、自信がなかなか持てず、人との関係性もうまく築けず、目標を持ったり達成したりすることが困難になっていくんですね。

でも、今からでも遅くはないのです。
周りの「愛情」に溢れているコップに気づけば、自分で欲しいと思っていたコップに「愛情」を注ぎ直せばいいんです。

形は関係ないんです。
別の「愛情」に気づくだけなんですよね。

暴力」や「虐待」という形でしか、「愛情」を表現できないひとも残念ながらいます。
憎しみ」や「嫉妬」という形でしか、「愛情」を表現できないひともいます。
もちろん、傷を受けないように自分を守ることは必要です。
でも、もし、過去に受けた傷がすべて「愛情」から来ているものだと知るだけで、ずいぶん気持ちは楽になっていかないでしょうか。

本当に誰からも愛されていない人などいないと思います。
みんな、自分の欲しい「愛情」じゃなかっただけです。

カウンセラーやコーチは、クライエントさんが、自分で自分のいちばん欲しいコップに「愛情」を注ぎ直すお手伝いをしているのかもしれません。

そうして「愛情」に気づき、愛されていたことに気づくだけで、自己肯定感は上がり、自信がついていくんです。

心のコップが「愛情」で満たせれていけば、ひとにも「愛情」が注げるようになります。

いろいろうまくいっていない方、心のコップは「愛情」で満たされていますか?
自分が嫌いで嫌いで仕方ない方、心のコップは「愛情」で満たされていますか?
自分が欲しいコップだけを見ようとしていませんか?

それが、ひとを好きになれなかったり、自分を好きになれなかったりする理由かもしれませんよ。

0 件のコメント: