2009年3月11日水曜日

フィラデルフィア


 フィラデルフィアで、2人の弁護士が公害訴訟で争っていた。原告側の弁護士ジョー・ミラーと被告側の、大手法律事務所所属の弁護士アンドリュー・ベケット、ミラー弁護士は敗北した。夜、ベケットは会社で上司から褒められ、次の大きな仕事を任される。数ヵ月後、ひどく痩せ衰えたベケット弁護士がミラーの事務所を訪ねてきた。握手をし、どうしたのかと尋ねるミラーに対してベケットは、エイズを理由に会社を解雇されたので裁判を起こして欲しいと頼んだ。しかし、自身がゲイ嫌いでエイズに対する偏見を持っていたミラーは、ベケットの依頼を断る。ベケットは悔しそうに、恨めしそうにミラーの法律事務所看板を見つめる。一度は依頼を断ったミラーだったが、大手法律事務所を相手に法廷で勝って、自身の実績を上げるために、あらためてベケットの依頼を受けることにする。裁判の論点はベケット解雇の理由に絞られた。ベケットの元の所属事務所は、重要な裁判の書類を失くしたことや力量の不足を主張したが、ベケットは、事務所の健康診断でHIVウィルス感染者だと分かった事が理由だと主張した。ベケットが同棲している恋人ミゲールや、ベケットの家族が見守る中裁判は進行していく。予断を許さぬ裁断の行方と並行して、ベケットの症状は次第に悪化していく。遂にベケットは裁判中に倒れ、病院に運ばれた。ミラーは原告側の勝訴の報を、ベッドの上のベケットに告げる。数日後、大勢の人々に見守られながらベケットは静かに息を引き取り、ミラーはかけがいのない友の死を実感した。
 エイズで解顧された弁護士とエイズに偏見を持つ弁護士の2人が、差別と偏見という敵に闘いを挑む社会派のヒューマン・ドラマ。監督は『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ。脚本はロン・ナイスワーナー、撮影も『羊たちの沈黙』のタク・フジモト。音楽も同作のハワード・ショア、挿入歌もブルース・スプリングスティーン、ニール・ヤング、マリア・カラスの曲が彩る。ブルース・スプリングティーンの「ストリーツ・オブ・フィラデルフィア」はアカデミー賞の主題歌賞も受賞。出演はベケット役でトム・ハンクスが第66回アカデミー最優秀主演男優賞を受賞した。ミラーにはデンゼル・ワシントン、ベケットの恋人にアントニオ・バンデラス、他にジェイソン・ロバーズ、メアリー・スティーンバージェン、ジョアン・ウッドワードらが脇を固める。
 テーマはもちろんエイズや同性愛者を含む差別問題にある。もちろん差別していいわけはない、それは最初から明白。しかし、本能的に避けてしまう部分が多くの人にあることは否めない。ことに、この映画では、エイズは差別すべきでないが、輸血や薬害でのエイズは差別すべきでない、同性愛者は自業自得だという伏線が存在している。ダークな部分を描ききったかが焦点になる。この映画では隠そうとするベケットと差別や偏見に対して心情が変化してゆくミラーに表現される。これは2人の名演により感動的な映画に仕上がっている。しかし、正直、もっと泥臭く追及してもよいのではないかというのが本音だ。法廷での駆け引きと日常の差別の演出のバランスにちょっと甘さを感じたように思う。それでも、この作品は当時暗黙のうちにタブーとされていた世界を真っ先に真っ向から取り組んだ画期的な映画だったと思う。そのくらい衝撃はあった。
 この映画では、背景にゲイが存在するだけで、セクシャルなシーンはまったくない。なので、それを期待して観ないで欲しい。
 この作品でのトム・ハンクスのオスカー受賞はダークホース、翌年の『フォレスト・ガンプ』での受賞は本命だった。つまり、翌年以降コメディも演じられる演技派男優として、当然のようにノミネートされる俳優になってゆくと誰もが思わず、彼に名誉を与えたのだ。彼はそれまでコメディを中心に演じてきて、大胆なダイエットで演技力を見せつけるかのような表現をした。明らかにこの映画が転機になったと言える。
 しかし、何より感動するのは、ベケットが自室で、マリア・カラスの「アンドレ・シェニエ」のアリアをCDで聞くシーン。絶望のどん底から希望の光を見つけていくかを模索してゆくかのようなシーン、自分の夢を熱くミラーに語る。このシーンが妙にゲイっぽく見えるのはボクだけだろうか。フィラデルフィアは絶望から希望へ、その心境の背景にふさわしい街。絶望も希望も受け止めてくれる街にボクの目には映った。

◎作品データ◎
『フィラデルフィア』
原題:Philadelphia
1993年アメリカ映画/上映時間:2時間5分
監督:ジョナサン・デミ
出演:トム・ハンクス, デンゼル・ワシントン, アントニオ・バンデラス, ジェイソン・ロバーツ, メアリー・スティンバーゲン

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